岩槻漫遊記

このサイトについて

岩槻漫遊記について

ひな人形と聞いて一番に思い浮かべるのはどこでしょう?
やっぱり東京の浅草橋?
いえいえ。実は生産地としては埼玉県の岩槻が日本一だそうですよ。

実は昔は岩槻城という城のあった城下町で、日光御成街道の宿場町だったという事実.意外に歴史の古い街なんです。
街のあちこちに人形の工房があります。ひな人形の他に、五月人形、木目込人形、組紐なども古くから作られています。
まさに職人さんの街なんです。

かくいう私の母親も、ひな人形の髪結いをしていた時期がありました。
夜中に家の襖を開けると、俵に刺さった人形の首が一斉にこちらを向いていてビビったり、
ご飯を食べると必ずその中に一本は人形の髪の毛が入ってしまっていてうんざりしたり.
そういえばお隣の家の人は人形の顔を描いていましたね。

しかし最近は過疎化が進み、駅前もちょっと寂しくなってきました。
けっして人口の少ない街ではないんですがね。
子供の頃は岩槻の駅前によく遊びに行ったものですが、(私は東岩槻在住)最近では素通り。
若い人からすると魅力のない街です。ゴメンナサイ、本音が出ました。

でも岩槻って意外に色んなイベントがあるんです。
お寺もいっぱいあるんです。(なんと三蔵法師ゆかりの寺も!)
「地元岩槻のいいところを見つけ出してお知らせしたい。
もっと岩槻に関心を持ってもらいたい。」
というのがこのサイトが出来たきっかけです。

使命感を持ってやってるわけではありませんので、
無理をしないでまったりと更新するつもり。
このサイトのコンパニオン「岩槻みやび」ともども
よろしくお願いします。

という文章を5年前このサイトを作った際にこのページに載せました。
写真が趣味の友人と、岩槻の街を題材にした写真展を岩槻の街のギャラリーを借りて、みやびが写真の解説をする形で展示会をしたいねと夢を話していた時期もありましたが結局実現はされませんでした。
なんででしょうか?

がんばって作った割にはサイトを見てもらえない。(岩槻区役所職員の若い方にたずねたら「岩槻漫遊記」を知ってる人は誰もいなかったです。)
仕事が忙しくて更新が出来ない…などなど屁理屈並べたら数えきれないくらいあります。

ですが、自分で記事を書いて、サイト制作費用も自分で支払い、クライアントが自分自身であり締め切りもありませんので、イヤになったら閉鎖してしまえばいいや、自分ひとりで運営しているのだから誰にも迷惑かからないし……という風に考えて、半ば開き直りでダラダラと運営を続けて来ました。

そんな中、5年目になってからいよいよ人形博物館が完成するという情報が入ってきました。それに合わせて当サイトでも記事を書かなければならないということで一念発起。一から作り直ししようということになったのですが。

2020年、運悪く「COVID-19」という悪魔が全世界を襲いました。結局岩槻雛めぐりのイベントがほとんど中止になり、人形博物館も一時休館になってしまいました。
(あの「鷹狩行列」も今年は中止という情報もきいています。)
岩槻区街を歩いてみると閉店しているお店もあり、余計に悲しくなりました。もともと過疎化が進んでいる街でしたので、無理もないかもしれません。しかし岩槻に起きていることが全世界に起きているのですから、悲しんでも仕方ないです。

ですがそんな中、今までやってきたことがリセットされたような感覚で心機一転でやってやろう!と頭を切り替えることにしました。

大部分のイラストを描きなおして、画面を再構成しました。
最近ではパソコンでネットを閲覧するより、スマホでご覧になる方がほとんどなので、モバイル対応にしました。(今更なんですけどね。)古いサイトの記事については自分なりに頑張って作ったものであり愛着もありますし、岩槻の今までの足跡を形として残したいという考えから、リニューアルしたサイトに移行という形で再編集することにしました。(今まで載せてなかった写真もあります。)

「岩槻みやび」というキャラクターの草の根運動しなければということで「カフェ・タマコチ」さんで場所を貸していただきグッズも販売することにしました。自分なりに出来ることはやってやろうという気持ち、それだけでした。

2020年7月現在、流行病の感染者はますます増え将来が見えなくなってしまっています。このままでは、岩槻で開催されたイベントの主催者の方々、協力してくださった区民の皆様、学生の方々、今まで頑張って来たことが全て水の泡になってしまいます。そんなことのないように微力ですが、このサイトが少しでもお役に立てればと考えております。

「みやび」については岩槻を案内するコンパニオンキャラクターというポジションで皆様に親しんでいただければ幸いです。

岩槻漫遊記・企画:いわまんぷろじぇくと